ノースフェイスマニア!!


 


ノースフェイスのここがすごい!!

ノースフェイス。(ノースフェース)
言わずと知れたNO1アウトドアブランドですよね。私もたくさん持っています。(笑)
このザ・ノースフェイスの良さはデザイン面で優れているだけでなく、実際のアウトドアシーンで実力を発揮する機能性の高さにあります。
ここではザ・ノースフェイスのここがすごいと題しまして、ザ・ノースフェイスの歴史をご紹介いたします。

ザ・ノースフェイスがスリーピングバッグを最初の製品として売り出したのが1968年。
ザ・ノース・フェイスが設立された年です。ザ・ノースフェイスが発表したそのスリーピングバッグは、かなりの反響を呼びました。
ザ・ノースフェイスはスタートしたばかりの小さなメーカーでしたが、高品質のグースダウンをふんだんに使用した品質の高さ、生産管理の厳しさが人々に認められたのです。

しかしそれらのザ・ノースフェイスの品質の高さも反響の原因でしたが、もっと人々を驚かせたものがザ・ノースフェイスにはありました。
それは現在ではごく当たり前のことですが、このような情報はほとんどオープンにされなかった当時、ザ・ノースフェイスの作ったスリーピングバッグには最低何度の気温まで快適に使用できるかを記した「最低温度規格表示」が記してあったのです。

この頃のアメリカはヒッピー文化と呼ばれる、ベトナム戦争や物質文明中心の社会など、さまざまな既成の常識に対するカウンターカルチャーとして、社会からの徹底した自立をめざしたムーブメントの中でした。
そして、そのヒッピー文化全盛の時代に生まれたザ・ノースフェイスは、当時の若者文化のメッカであるカリフォルニア州バークレーの若者たちに気に入られ、そのエネルギーがザ・ノース・フェイスの常識にとらわれないスタイルに共鳴したのでしょう、彼らはザ・ノースフェイスを身につけ街を出て、自然の中へ、あるいは放浪の旅へと出ていきました。

やがてこのザ・ノースフェイスと若者のエネルギーはバックパッキングブームを起こし、ザ・ノース・フェイスは全米の若者の憧れのブランドへと成長していきます。
しかしザ・ノース・フェイスは、その人気に甘んじることなく、次々と新しい試みを成功させていきました。
ザ・ノースフェイスは現在でもほとんどその形を変えずに、世界中で膨大なコピー商品も生み出している、ダウンパーカの元祖ともいえるシェラ・パーカを1969年に発売します。
そして1975年にはアウトドア・イクイップメントの常識をもっとも大きく変える製品をザ・ノースフェイスは発表しました。
ザ・ノースフェイスが発表した最小の面積で最大の容積と強度を得られるテント。
ドーム型テントは、建築家にしてデザイナー、さらに哲学者の顔も持つリチャード・バックミンスターフラー博士が提唱するジオデスィック(測地線)ドーム理論「生物の卵はすべて球形。
これは球が外部の力に対して最も強い形だからにほかならない」を現実化したテントで、世界初のドーム型テント「オーバルインテンション」です。
そしてこの理論を証明する出来事が発売の翌年に起こりました。

1976年、イギリス・カナダ合同隊によるパタゴニア遠征の途中で、同隊は時速200kmとも伝えられる吹雪に遭遇します。
その吹雪の中、他のテントがことごとく吹き飛ばされていくのに、このザ・ノースフェイスのテントだけが飛ばされず、隊員たちの命を守り抜いたのです。
ザ・ノースフェイス、まさしく伝説です。
日本のキャンプ場を見てもわかるとおり、その後のテントの主流がドーム型に変わっていきました。
今のドーム型テントの元祖はザ・ノースフェイスだったのです。

さらに1976年、ザ・ノースフェイスは史上初めてのフレームパック「バックマジック」がザ・ノースフェイスからデビューします。
これはアルミ合金製のアウターフレームを持ち、腰に当たる部分に強化樹脂製のフレキシブル・サスペンションを備えた、いわばサスペンション付きパックの始祖となるものです。
フィールドでの行動を自由にするザ・ノースフェイスのこの画期的なアイデアは、当時の世界的なバックパッキングブームの中、熱狂的な人気を得たのでした。
ザ・ノースフェイスはスリーピングバック、ウェア、テント、パックとすべてに伝説的な歴史を持ってアウトドアシーンを彩ってきたです。

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